脱絶滅という考え方

皆さんは、「脱絶滅」という考え方を知っていますか?

リョコウバトの復活やマンモスの復元…

さらには恐竜の復活を目指す…

そんなニュースを聞いた事があるかと思います。

これらはぜーんぶ「脱絶滅」という考え方です。

絶滅してしまった動物を、再び地球に戻そう!!

そうゆう考え方なんです。

この考え方には「今まで人間が動物たちへしてきた行いを償おう」という気持ちが土台になっていて、絶滅してしまった種に対する償いをしようとしているんですね。(恐竜は違うけど)

 

脱絶滅の問題点

勿論、皆が皆、大賛成って考え方じゃなくて、問題視されている考え方でもあります。

  1. 一度、絶滅してしまったものを、人間の手で復活させることは、命への冒涜にならないか?

  2. 再び復活した生きものは、絶滅する前と同じ生きものと言っていいのか?

  3. 絶滅した生きものを復活させることが一般的になったら、絶滅しようとしている生きものを守ろうとしたり、環境に配慮しようとする意欲を削ぐことにならないか?

などなどの問題点を、別の研究者が懸念しています。

 

本当に復活させることが、その種への償いなの?

あなたはどう感じますか?

人間の手で絶滅させた動物達を、人間が償いとして復活させようとしていることに、あなたは何を感じますか?

 

復活しても同じ生きものじゃない?

脱絶滅を実現させるには、DNAからその種を復活させるところから始まって、もし復活できたとしても人間の飼育下に置かれます。

そしてある程度の数が増えた段階で、野生復帰を試みるわけなんですが・・・

飼育された動物は、もはや絶滅する前と同じ種とは言えないんです。

それは現存している動物でもそうです。一度飼育下に置かれてしまうと、生きものはその環境に順応してしまう。その生きものを野生でいた頃と同じ生きものと言ってもいいのか?という考え方もあるんです。

 

膨大な費用・資源を使ってまでやること?

絶滅動物を復活させることも、絶滅しそうな生きものを救うことも膨大な費用や資源、時間を使います。

生きものはある程度の数まで減ってしまったら、どう頑張っても絶滅してしまうんです。それは人間が膨大な費用、資源、時間を使っても救うことは出来ず、ただ遅らせるだけしか出来ません。

(本当に生きものの事を思うなら、環境や資源を生きものに譲ることが一番効果があると僕は思っているんですが・・・)

人間の数がますます増えていっているこの世界で、絶滅してしまう生きもののことを考える余裕が僕たち人間にあるんでしょうか?(もちろん、生きものが絶滅しないように環境への配慮は絶対的に僕は必要だと思っています!)

 

配慮する気持ちは素敵だけど

生きものを思うことは、とても素敵なことだと思います。

だけど、それが本当に生きものの為になっているかどうか・・・僕たちは考える必要があると思います。

生きものたちは本来、人間の手など借りなくても自分達で数を増やしていける存在なのだから。(そして、なぜそれが出来なくなっているのかを考える)

これ以上、絶滅していく生きものを増やさないために・・・

この記事を書いた人

おざきしょうた

スポンジで動物の絵を描いています。自然にも興味があって、カメラ(CANON/SX50HS)片手に野鳥の写真を撮っています。野鳥を通じて自然の魅力を共有したり、絵を描く楽しさを共有できたらと、このブログを運営しています。

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