死とは何か?動物達から見る死。【画家の独り言】

昔は死ぬのが怖かった。

今は死ねるなら、死なせてくれー?

でも、いつか死ぬなら、死ぬまで生きよう。

 

死について、どの感情も抱いてきたことがある。

怖かったし、やけくそで受け入れようとしたし、傍観したりして・・

 

そんな感情の話よりも、ただ1つ確かなことがある。

 

生きている限り、死ぬ

生物の中には、老化では死なないヒドラ・若返るベニクラゲ・・・など。

老化に対する対応が違う生物もいますが、たとえ寿命が無くても、生物はいつかは死ぬんです。

事故・負傷・捕食・・・寿命が無くても死ぬ機会はいくらでもあります。

 

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生きる事は死ぬ事

どんな人でも死んでしまう。いなくなってしまいます。

長生きした人でも、生まれたばかりの赤ちゃんでもです。

いくら死にたくないと思っても、みんな死んでいってしまう。

 

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死はかなり身近

「生きている=いつか死ぬこと」なら、死と言うのはかなり身近だと思いませんか?

僕は野菜を育てているので、多少は自然の中で生きているんですが、

畑では、毎日何かが死んでいます。そして何かが命を繋いでいます。

 

自然の中には、死が転がっている

弱肉強食の世界。食うか食われるか・・・

これは動物の世界を語る上での1つの真実だと思います。

何かが生きていることは、その何かは別の生物を食べて、命を繋いでいることです。

 

個体としての死、種としての死

僕にとって、自分の死は受け入れたくない物。いつか死ぬとわかっていても、やっぱり死は怖いものです。

だけど、人間としての誰かの死は、今日もどこかで起こっていて、当事者である以外は、そこまで意識されるものじゃないと思うんです。

 

勿論、誰かが死んだと聞かされれば、悲しい気持ちになると思います。

でも、好き好んで「今日は誰が死んだか」をチェックしたりすることはないはずです。

 

目の前に死があれば、手を合わせる。

種としての死は、新しい個体が社会に入るキッカケになるし、そこまで悲しむことじゃないんだけど、

個人としては凄く悲しい。それが死なんです。

 

死とバイバイ、またね。

死は、もうその人に会えないこと。

でも、何年も会っていない人がいたとして、その人が生きているか死んでいるかわからないなら、あなたの世界にその人はいないことになりませんか?

 

僕は誰かとさよならをする度に思うんです。

次はいつ会えるかな?って・・・次会うまで、僕の世界のその人は「いない」も同じなんです。

もしかしたら、本当にもう次は無いかもしれない・・・

 

だから、僕はさよならが嫌いです。

僕にとっては死と同じ感覚だから。

 

動物だって、次は会えないかも

鳥の巣作りを観察していたことがあって、毎日通っていたんです。

だけど、ある日、巣がカラスに襲われて、ヒナも何もかもいなくなってしまった。

 

明日、また会えるかわからない。

死はいつだって隣にいるから。

 

僕達が考えなければいけないことは・・・

僕達が考えなければいけないことは、「死」についてじゃないかもしれません。

誰かが死んで悲しい。動物が死んでしまって悲しい・・・

その悲しみの扱い方なのかも。

 

いつか死んでしまうから

いつか死んでしまうから、僕は動物を描いているのかな。

動物のいる景色が、綺麗で、そこに生きていた証みたいなものを感じるから、

絵という形にして、すこしでも長く「生」を留めておきたいのかも知れない。

 

この子は、こんなにも生きたんだって。

その「生きている」を綺麗だと感じているんだと思います。

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