2019年7月9日.SPONGE TONTONの世界から

その日は、ムシムシした風が吹いていた

出会った景色

2019年6月某日。

僕はいつもの様に自転車に乗ってバイト先へ向かっていた。
その通り道に、小さな橋があって、そこからヨシ原が見えていた。
このヨシ原は、春から夏にかけて、どんどん緑を増してそれはそれはとても綺麗な景色を作っていて、僕は好きだった。

そしてその日は僕にとって、さらに特別なヨシ原になった。
いつもの様に、橋の上からヨシ原を眺めながら通り過ぎようとしていると、茶色い物体が動いているのに気づいた。
慌てて自転車のブレーキをかける。
後輪が持ち上がって、そのまま吹っ飛ぶんじゃないかってくらいの反動を感じながら、何とか踏みとどまってヨシ原を見ると・・・

そこにヌートリアがいた。
しかも親子。子どもが2頭だ。
ちょうど川からヨシ原に向かってくる最中で、ヨシ原にあがるや否や、ヨシを引っ張り出して食べ始めるのだ。

子ども達もかなり大きくなっていて、もう自分で草を食べられるようだ。
1頭は気の向くままに好きなように草を物色していて、もう1頭はお母さんが食べている草を食べようとしている甘えん坊のように見えた。

悔しいのは、その時に僕がカメラを持っていなかった事だ!
たとえバイトに向かう途中だとしても、何か出会いがあるかも・・・と毎日カメラを持ち歩いているのに、この時は持ってきてなかった。
いや、僕は嘘をついた。カメラを毎日でも持っておきたいのだけど、カメラがあるだけで荷物が随分重くなる・・・だからたまにしか持ってきてなかった。

こんな出会いがある度に、あー!!もー!!毎日カメラもっとかな!!って思うのだけど、やっぱりある時に重くなって持たなくなってしまう・・・
それでこの様だ・・・
何とかこの瞬間を残しておこうと、スマホで撮った写真が上の画像だ。

実際にはめちゃくちゃ近くにいたのに、写真になると、かなり小さく写ってしまう。
かといってズームをすると、ほとんど何かわからない状態。
ヌートリアがいるって文字で伝えないと、きっとわからないだろう。

でも、僕は確かにヨシ原のそよぐ、その場所で、ヌートリアの親子に出会ったんだ。
ヌートリアは外来種だから、駆除対象なのだけど、命という点では何一つ変わらない。
動物達がのびのびと過ごすその瞬間を残したいと・・・スポンジを手にした僕。

スポンジ片手に、地球を描く

スポンジの塗りの上にヨシ原を描いています。

風の音、匂い、ざわめき、ヌートリアの気配を思い返しながら、まずはヨシ原を描きます。

ヨシ原を描いてます。

ヨシ原のラインやボリュームがいい感じになるまで、ひたすらとんとん。

ヨシ原の型紙を使って描いています。

以前のマスキングシートを使ったやり方だと、こんな表現は出来なかったけれど、ヨシ原の型紙を複数用意すれば、重ね塗りも簡単に出来て複雑な画面構成も可能になりました。
その分、より手が色まみれになったり、ひたすらとんとんするので、力加減を間違えると自らのとんとんで指を痛める事案が発生してしまいます。

納得行くヨシ原になるまでひたすらとんとんします。

ヨシ原完成です。いい感じ。

ヨシ原が描けたら、動物達の型紙を用意します。

動物の型紙を用意して・・・またとんとんします。

型紙をあてて、とんとんとんとん。

全体のシルエットの型紙と、目や鼻や手なんかのパーツの型紙を使って、ヌートリアを描きます。
ヌートリアだけだと寂しいので、この川で見かけたカルガモの親子と、ヨシ原から聞こえる鳴き声の主・オオヨシキリも描きます。
同じヨシ原という環境で、みんな思い思いに生きていて、それが結果的にヨシ原をつくっている。

 

「みんな かかわりあって いきている」

 

細かいところは筆を使って・・・完成です!!

集中すると、写真を撮るのを忘れてしまう・・・
一気に完成画像になってしまいました。
パーツまでとんとんしたら、細かいところを筆で修正して完成です!!

 

完成作品

ヨシ原がそよぐ、その場所で
タイトル「ヨシ原のそよぐ、その場所で」

身近な景色、いつまでも残っていて欲しいその景色、動物達のいる景色
動物への敬意を表現しつつ、僕が大切にしたい自然も表現した・・・
SPONGE TONTONの新しい表現です。

 


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