なぜ動物を守らなければいけないのか?

なぜ動物を守らなければいけないのか?

動物を守ろうと心に決めたら、必ずこの問いにぶつかってしまう。

なぜ動物を守らなければいけないのか?

この問いに、僕達はどんな答えが出せるでしょうか・・・。


守ると言いはしましたが

動物を守ると言いましたが、本当は「動物に配慮する」や「動物を尊重する」と言うべきです。

それはなぜかというと、動物は本来、守られるべき存在ではないからです。

ここで言う動物は、自分の身で環境を生き抜くことが出来る野生動物のことです。


野生動物は、自分達で生きていける

野生動物は、自分で生き抜く力を持っています。

僕達が何もしなくても、数を増やしていきます。

でも、住む場所が無ければ動物も数は増やせません。それを避けるのが、「尊重・配慮」という考え方です。


押し付けではない、尊重が大切

だから、「動物を守る」の基本は、動物を尊重した活動であるべきです。

ですが、動物を守ることは、人間として生きることに矛盾する部分も出てきます。

それは、人間が他の生き物の命を奪って、命を繋いでいるということです。


皆、何かを奪っている

そして、それは守ろうとしている動物だって同じ。

植物達だって、自分がより太陽に当たろうと、周りより背を高くしていきます。

生きる為には、何かの命を奪い、自分の命として繋いでいかなければいけない生命の宿命を受け止めながら、それでも、動物を守ることが必要なんです。


なぜ動物を守らなければいけないのでしょうか?

その理由は、1つだけではないんです。

動物達を思い、色々な事を思った結果、動物を守るという選択になるんです。

パッと思いついた5つの理由を挙げてみますね。

1.生物多様性を守る為

よく言われるのは、生き物はつながりあっていて、ある1種がいなくなったときの影響が未知である為、少しでも生き物の数が減るのを防いで、環境が激変しないようにしよう。と言う理由です。

2.人間が利口になりすぎたから

人間は考える生き物だと僕は思っています。

考えることで、人間の身体能力の低さをカバーし、様々な道具を発明し、世界中にその生息域を広げていきました。

様々な道具は、機械化され、手作業なら数百人・・・数千人・・・数万人必要な仕事も人間1人で出来る様になりました。

・・・人間1人が持つ力が強大になってしまった

手作業なら、どれだけ環境破壊をしても、微々たる変化だったんですが、

現在は、その環境へのダメージが桁違いなんです。

スコップを使っても、大きな穴を開けるのは一日掛かる仕事ですが、ショベルカーなら3秒で掘れるそうです。

ショベルカーさえあれば、どんな人間でもこれだけの力を発揮できる事が問題なんです。

・・・大きな力は使い方を考えなければいけない

この強大な力を考えなしに、自分の欲のままに使っていったらどうなるかは、簡単に想像できませんか?

そして、今はその被害を自然や動物達が被っているんです。それはいずれ人間にも襲い掛かってくる。

強大な力は、その振舞い方を考えなければいけない。力を思いのまま振りかざすのは、その人の自己満足でしかなく、他者を危険に巻き込む行為だと思うんです。

3.人間の生き方に関わる事だから

これは力の振舞い方にも関係する事なんですが、今の人間の生き方に胸を張って誇れますか?

動物達との関わりは、人間がどう生きるかに繋がる話だと思います。

各々が私利私欲に走り、資源を奪い合い、血を流し、自滅していった・・・そんな人間になっていいのか?と言う事です。

・・・開き直るなら、諦められる

それでいいなら、諦めもつくんですけど、際限ない欲を自制できずに、ただひたすらに奪いつくす人間。

それが考える生き物・・・人間なんでしょうか?

僕は、そうはなりたくないなって思って、どんな状況でも動物達の事を考えたいと思っているんです。

勿論、大金持ちが動物に対して思いやりを持ったほうが、僕なんかより遥かに活動力があるのですが、それでもそれが僕も好き勝手やっていいという理由にはなりません。

・・・向上心を持ち、幸せとは何かを考える

動物の事を考える際、人間にとっての幸せとは何かを考える事も大切だと思います。

何が幸せかによって、人間の活動も大きく変わるからです。

資本主義の社会では、地球から奪った物を人間同士の価値に置き換えて、その価値を多く持ったものが幸せだという考えが蔓延しています。

そういった人間の幸せの価値観を変えていく事も、人間としてどう生きるかを考える事だし、動物達に配慮する考えが一般的になる近道だと思うんです。

4.その動物に価値があるから

人間の役に立つからとか、経済的価値があるからとか、美しいからとか、感動できるからとか・・・

人間中心で動物を守る事を実行していかなければいけないといいましたが、それは動物に対して人間の価値観を当てはめる事ではありません

すべての生き物は、長い地球の歴史を共に歩んできた存在で、その存在そのものに価値があるんです。

それは人間も同じです。

だから人間も尊重しつつ、すべての生き物も尊重する気持ちを持つ事・・・それが動物を守る事に繋がるんです。

・・・ちょっと矛盾してるけど

人間の価値観を当てはめるなと言いましたが、生き物を尊重するってどうゆう事か、今一つわからない人もいるかと思います。

そんな時、矛盾しているようですが、他人との接し方に当てはめて考えるといいかもしれません。

友達と話す時、その友達の事を本当に思うなら、自分の考えを押し付ける事はしませんよね?

・・・平和な社会を目指すこと

動物達に配慮する事は、世界平和を願う事と同じかもしれません。

平和を願うなら、相手を尊重しないといけないんです。自分の当たり前を当たり前と思わずに、他人の当たり前を多様性として受け入れる心を持つことが必要なんです。

それは動物達に配慮する考えにも必要な事です。

5.申し訳ないから

人間が動物達にやってきた数々の非道。

そして絶滅していった動物達・・・今まさに絶滅に向かっている動物達

そんな動物達に対して、素直に申し訳ないと思う気持ちから、守りたいという意思がうまれるとも考えられます。

現に、僕も申し訳ないって思ったから。


人間の為なんです

以上の5点の理由。

いずれも動物達の為に何かしたい気持ちの原動力になるものですが、その根幹は、人間の為なんです。

・動物と人間が共生できている社会に暮らす僕が気持ちいいから。

・生態系バランスが崩れて、人間の生活が脅かされるのを少しでも回避し、安全に暮らしたいから

・何かの生命を奪わなければいけない存在で、その力もあるけれど、それでも他を思いやれる・・・人間として高みを目指したいから

・動物達への非道、それを無視したまま生きていく自分が許せないから

色々な考え方が出来ます。

動物達を守る事は、人間の為でもある。

そして人間の為に生きる事は、動物達と関わりを持つ事なんです。


好きに生きて何が悪い

悪くはないんです。

人間である以上、自分の望む生活を手に入れるために奔走するのは正しい事です。

ただ望む生活を求める前に、本当に自分が何を望んでいるのか?

それを明確にすべきじゃないでしょうか?


どう幸せになりたいのか?

それはどう幸せになりたいのか・・・と言う事でもあります。

お金持ち?お金持ちになってどう幸せになりたいですか?

その幸せは本当に、お金持ちにならないと叶えられないのですか?


人間の生き方を見直す事が、動物を守る事につながる

人間も動物である以上、生きているだけで動物達と関わっています。

今の大量消費の社会で、その生き方を見直す事が、動物への配慮に繋がっていくんです。


偉そうに言ってしまいましたが

動物を守る、配慮する・・・

僕はいつも答えを探しています。だから、皆さんに偉そうに言える立場じゃないのもわかっています。

動物達を研究している学者じゃないし、動物達の命を救う獣医でもない。

ただ動物の絵を描いているだけの人間です。それだけじゃ嫌で、無農薬で野菜を育てているだけの人間なんです。

これが、本当に環境の為になるのかなぁとか、僕の出来る事なんて本当に小さな事だ・・・と無力感を覚えながら、それでも人間も動物達ものんびり暮らせる世界を願い目指して、絵を描きながら、野菜を育てています。


輪を広げていく事が大切

人間一人で出来る事は限られています。

動物達の事を考えたい・・・そんな風に考えている人はどこにいるんだろう?と思うくらい、この考え方は少数派のような気がしてしまいます。

でも、こうして発信する事で、動物達に配慮する考え方が広まっていけばと・・・動物の絵を描いているだけの立場ですが、記事にしました。

物事の理由は一つじゃない。僕達は常に考えていかなければいけないんです。


【次の記事】動物達を描いてきて、動物を守るだけじゃない・・・僕の大切にしている事が判明しました!!それを知るには、次の記事を読んでください。