命って何だろう?絵を描きながら考える

命って何だろう?絵を描きながら考える

動物の絵を描いて、動物と向き合っていると、僕も動物も同じ命なんだなぁと、実感する。

姿形は違えど、同じ様に呼吸をしていて、何かを食べていて、疲れたら寝たりして生きている。

そう感じたから、表現に悩み、自然との共生を考える様になったのだけれど・・・

そもそも、命って何だろう?どうして生きているんだろう?

命って何で生まれたんだろう?


答えを探して、本を読む

精神的な考えよりも、科学的な答えが欲しくて、絵から離れていた時期に理工書を読んでいた時期があります。

学生時代に習ったであろう事が書いてあったりして、あの時は習った事が全て雑学レベルの物でしか無かった様に感じていたのに、

問題意識を持って、理工書に臨むと、知識として入ってくる・・・!様な気がすると、僕は命とは何かの答えを探していました。


生命の誕生!

それでも現在の科学では、生命が何故誕生したのかは分からず、とりあえず生命は誕生したと言う事だけが分かっただけでした。

ただ最初に誕生した生命から人間になるまで・・・大体の流れは科学で示されていたので、そこから命について答えを探ろうと思います。


命の種類

最初の命が生まれたのは、およそ38億年前と考えられています。

生物には、「独立栄養生物」と「従属栄養生物」がいて、

「独立栄養生物」は、自分で栄養を作れる生物

「従属栄養生物」は、他から栄養を手に入れないといけない生物

他の生物がいないと生きていけないなら、最初に誕生する生物は、「独立栄養生物」の可能性が99,999%ですよね。


命が生まれたその後は・・・

初めに生まれた独立栄養生物であろう命は、海底の熱水噴出孔などで、硫化水素などからエネルギーを得て生きていましたが、そんな都合のいい場所は、そこまで多くは無かった。

熱水噴出孔の近く以外でも、生きる事が出来れば・・・もっと活動範囲が広がるのに・・・

そんな必然性があって、光合成を行える生物が生まれるんです。


現在の光合成と昔の光合成は違っていた!?

熱水噴出孔の近くで生きていた生物の中で、光合成を行える生物が生まれ、生物はその活動範囲を広げていきます。

最初の光合成は、現在の「水と二酸化炭素と光」を使った光合成ではなく、「硫化水素と二酸化炭素と光」を使った物だったと考えられています。

硫化水素は、今まで生きていた熱水噴出孔から得る事が出来たので、最初に光合成を行うにはもってこいの材料だったんですね。


光合成が発展する!

生物が熱水噴出孔で硫化水素を利用していた時は、熱水噴出孔から離れられずにいました。

そこで硫化水素とどこでも降り注ぐ太陽エネルギーを利用して、光合成を行う事で、生物はその活動範囲を広げていった。

でも、熱水噴出口の場所は限られているので、結局硫化水素が不足していて、生物はそこまで増える事が出来なかったんです。

硫化水素に代わる物がいる・・・そこで生命が硫化水素に代わりに利用出来る様になったのが、「水」だったわけです。


そして起こる・・・生命による最初の環境汚染が

光合成で、水を利用出来る様になった生命、これを「シアノバクテリア」と言います。

どこにでもある水と、どこでも降り注ぐ太陽・・・その2つを利用する事が出来て、シアノバクテリアは爆発的に数を増やす事になったのでした。

そしてこの光合成で、今の僕達が生きるのに必要な「酸素」が大量に発生するのですが、当時の地球では酸素は殆ど存在していなかったのです。

なので、シアノバクテリアが生まれる以前の生物達にとって酸素は毒そのもの・・・

シアノバクテリアの誕生により、当時の殆どの命が絶滅したのです。

これは生命による最初の環境汚染と言う事も出来ます。シアノバクテリアはただ生きようとしただけ・・・


毒を利用する

当時の生物にとって毒だった酸素が溢れた世界で、それでも生物は生きようとしました。

そしてその毒(酸素)を利用して、呼吸をするバクテリアが誕生したんです!


さらに新しい生物が誕生する!

シアノバクテリアが生み出した酸素、そして生物の大量絶滅、その後の酸素で呼吸する生物の誕生・・・

そこから生命は進化していき、ある時、真核生物が生まれます。

この真核生物は、他の生物を丸ごと取り込み捕食する事が出来たのです。

人間は勿論、真核生物です。

(こんな微生物の頃から、食う食われるの関係だったと思うと、逃れられない宿命なのかと、悲しくなってしまいました。)


丸呑みされても生きている

そんな真核生物が、ある時、バクテリアを飲み込みました。

けれど、バクテリアは吸収されず、真核生物の中で居候する事になったのです。

しかもそのバクテリアが酸素で呼吸できるバクテリアで、今では「ミトコンドリア」と呼ばれています。

こうなる事で、元々酸素呼吸が出来なかった真核生物も、酸素呼吸の恩恵にあずかれるようになり、人間としての道を進み始めるのでした。


何故、命が生まれたのかは、わからないけれど

命が生まれた理由は、わからないけれど、生まれてからの命は、ただ生きようとしていました。

生まれる前から生きようとしていたのか・・・それはわからないけれど、命が生きてきたからこそ、僕達人間が誕生するまでの多様性を生んだ。


ただ生きただけ

シアノバクテリアが生まれる事で、生物の進化の道は一気に加速したけれど、

その一方で、以前からの生物達が沢山死んだ。

それでもその生物の中から、生き延びる生物もいて、さらにそれが進化の道を加速させる事になった。

シアノバクテリアは、悪であり、正義だった。

こんな微生物の時代から、出来事は白か黒かじゃなく、グレーだった。

でも、本人達はそんな事考えていなくて、ただ生きた結果だった。


命とは、生きようとする存在

微生物の歴史を少し知って、彼らが生きようとしなければ、今の生物達がいなかったと思うと、

ただ生きようとした結果が、こんなにも豊かな命を育む事になるなんて、命って凄く不思議だと思う。

そして知ろうとすればする程、命って何だろう?と、ますます疑問に思う。

そんな中でも、命と言うのはただ生きようとする存在だ、と言えるような気がする。


色んな悩みの根本は、生きたいと言う意志?

僕が動物達に悩むのは・・・動物達に配慮する事で、僕自身が気分良く生きたいから。

動物達を表現するのは、こんな素敵な存在と一緒にこれからの生活を歩んでいけたら素敵だと、そんな生き方をしたいから。

命について考えるのも、結局はどう生きていくか、自分の中で納得したいから。

つまり・・・なんだかんだ「生きたい」って気持ちからなんだと思う。

そう考えると、命と言うのは、生きようとする存在だ!!と言い切ってもいいと思う。

皆さんは、命とは何だと思いますか?