動物への敬意ある表現を目指して~どうしてもまあるい表現になってしまう~

動物への敬意ある表現を目指して~どうしてもまあるい表現になってしまう~

動物の絵を描く上で、一番大切な事は、対象への敬意。

つまり、動物への敬意ある表現を目指すべきだと僕は考えています。

 

敬意ある表現とは一体なんだと思いますか?

 

偉そうに言いましたが・・・

僕はその答えを持っていません。

ですが、動物の絵を描く度に、その答えを探し続けています。

 

敬意は表現に表れる?

その表現はリアルでもデフォルメでも、敬意があれば、そこに敬意は宿るんでしょうか?

 

ついリアルがよく思えてしまう。

まるで写真のような・・・そんなスーパーリアルな絵を描かれる方もいます。

確かに凄い。本当に写真の様。

凄いんだけど・・・何かが違う気がしている。

 

スーパーリアルは表現に対する評価というよりも、その人の技術力を評価していると思うんです。

 

いくら写真みたいに描かれていても、平面は平面。

絶対にモチーフ以上という事は無い。

 

リアル表現は答えがある表現?

写真の様に描く事は、答えがある表現だと思います。

いかにその通りに描けるか・・・。

それは僕の思う芸術ではないんです。

 

自分なりに感じた物を、自分の形で表現する・・・

それでいて、モチーフに対する敬意を示す。そんな表現を目指しています。

 

リアルは見る人にも優しい

写真の様に描かれた絵は、素直に凄い!!と言えます。

だから見る人にも優しい。

わかりやすく凄いからです。

 

リアルに憧れるけど

動物を描く時、本物の動物が一番だと思っていながら、僕の描く動物は・・・

こんな感じになります。

 

リアル表現に憧れる事もありました。

だけど、自分の表現ではしなかった。

 

リアルもデフォルメも苦しい

絵を描いてて思うのは、リアルもデフォルメも苦しいって事。

リアルは中途半端じゃ、作品としての価値はない。

デフォルメは、ある程度の緊張感が無いと、アートとして成立しない。

 

どんな表現も、その人が出来るギリギリのラインを攻めている。

 

意識しても出来ない表現

動物への敬意を示しながら、自分が気持ちいいと感じる動物を描く。

そうすると、どうしてもまあるい表現になってしまう。

 

これでいいのか?

この表現に敬意はあるのか?

なんて考えています。

 

隣の芝が青く見えたら・・・

結局、意識して技術力でカバーできるほどじゃないから、

自分の感覚に従って、動物を表現するしかないわけで、

その自分の表現に、動物への敬意を目一杯注ぎこむしかないんです。

 

それが上手く行かないからって、リアルがいいのかなぁ?

なんて別の表現を羨ましく思うのは、自分の表現に向き合っていない証拠!!

 

隣の芝が青く見える時って、自分に都合の悪い事がある時!

しっかりしよう!!問題から目をそらさない!!